旧前田侯爵邸

 旧前田家本邸は、旧加賀藩主で前田家第16代当主の利為(としなり)が自邸として建てました。
昭和4年(1929)に洋館が、昭和5年に和館が竣工しました。最初は洋館のみを建設する
予定でしたが、のちに外賓のための施設として和館も計画されました。洋館1階は晩餐会を行なう
重要な社交の場で、2階は家族の生活の場でした。洋館の南面には広大な芝庭が広り、
和館には茶室も備え、築山と池水の流れに囲まれた回遊式の庭園があります。
前田利為(1885-1942)は、昭和17年4月、ボルネオ守備軍司令官に召集されて戦死しました。
陸軍士官大学校では、同期でありながら、利為より4年も遅れて陸士大を卒業した東條英機
「あいつは宰相の器ではない。あれでは国を滅ぼす」と危ぶんでいました。
洋館
和館