高校三年生の碑 (松蔭学園
 高校三年生碑
 昭和37年、作詞家であり毎日新聞記者であった丘灯至夫は高校の文化祭の取材で、松陰高校を訪れた際、
松蔭高校の男女生徒が文化祭のリハーサルでフォークダンスを踊っていた。そこで、脳裏に「フォークダンス
の手を取れば甘く匂うよ黒髪が・・・・」というフレーズの入った詩ができた。これを作曲家遠藤実に紹介した
ところ、遠藤は気に入り、名曲「高校三年生」が生まれた。社会に飛び立とうとする十代後半の若者たちが夢
や心を大事にして、叙情性を豊かに育んで欲しいという願いが舟木一夫により歌われ、多くの人々の心を捉
えて、永遠の叙情歌になりました。余談ながら、丘灯至夫は同郷(福島県)の作曲家古関祐而の「高原列車
は行く
」の作詞をしています。ペンネームは、新聞記者は「顔と押し」を貫らぬく精神から付けたと言われてい
ます。この碑が建てられた松蔭学園は、昭和16年、幕末の思想家吉田松陰の教育理念「知行合一」即ち、
「知る事」と「行う事」が常に表裏一体とする生きた学問の精神に感銘を受けた教育家松浦昇平が松蔭の名
を校名を掲げ設立したと言われています。